骨寺村荘園コース

中世の農村景観が体感でき、かつ中尊寺建立に大きく関ったこの地をじっくり徒歩でご案内します。

骨寺村荘園交流館展示棟

交流館の施設が2011(平成23)年にでき、その一角に2013(平成25)年に骨寺村荘園の紹介コーナー(展示棟)が作られた。

骨寺村荘園の最大の見どころは、中世の原風景がそのまま残っているところだ。

骨寺の名前の由来は、第十八代天台座主のドクロ伝説がある(慈恵)塚があることや骨の一部が納められた骨寺というお寺があったことなどいくつかの説がある。

中尊寺の荘園だったことも骨寺村荘園の特徴になる。江戸時代に入って、本寺という地名に変わった。

約800年前の鎌倉時代の絵図が残っていて、原風景が描かれた簡略絵図と家や田が描かれた詳細絵図の2枚がある。実際の絵図は、展示されている大きさよりも小さい。

シアター

骨寺村荘園遺跡の歴史と貴重な景観を映像で紹介している。歴史の内容は、この地を治めていた天台宗の僧侶自在房蓮光が、藤原清衡の発願による紺紙金銀交書一切経の写経の責任者を務め、8年かけて完成させた。その功績が認められ、中尊寺経蔵初代別当に任じられたのを機に、治めていたこの地を中尊寺に寄進し、中尊寺の荘園となったことを紹介している。

連光が関わった紺紙金銀字交書一切経は現在、国宝に指定されている。当初5300巻以上あったとされているが、中尊寺には現在15巻しか残っていない。豊臣秀吉が東北征伐に来た際、家臣が中尊寺からその多くを持ち出し、秀吉に差し出した。秀吉は高野山に奉納し、現在高野山に4296巻ある。他に大阪観心寺166巻など、4500巻ほどが現存されているとされる。

展示コーナー

山王窟(さんのうのいわや)

山王窟は、鎌倉時代の絵図に描かれている骨寺村の西の端になる。上に登ると祠があるが、2008年に起きた岩手・宮城内陸地震の影響で現在は近くに行くことができない。山王窟は、天台宗の地主神である日吉山王神社が祀られている重要な場所で、修行の場所だったと言われている。

矢櫃(やびつ)ダム

山王窟近くにある砂防ダムで、ダム湖の水の色が上流にある須川温泉(強酸性)の影響で、グリーン色をしている。

矢櫃の意味は、1051~1062年にかけて起きた前九年の役の時、すさまじい数の両軍の矢が落ちたところからついたと言われている。

駒形根神社

栗駒山の頂上にも駒形根神社があるが、 女人禁制のため、麓に建てられたと言われている。

麓の駒形根神社は、江戸時代までは馬頭観音堂というお寺だった。明治時代になって廃仏毀釈により神社になったので、神社には珍しく、鐘楼がある。その鐘楼は太平洋戦争の時の金属供出の際、田んぼの中に隠して供出を免れたという逸話がある。

鐘をつくと牛の乳の出が悪くなるそうで、現在は鐘をつかないそうだ。

骨寺村荘園

骨寺村荘園は東西6km・南北2kmの広さで、100世帯250人ほどが暮らしている。水路の総延長23kmのうち8割が土で作られている。土の水路の維持管理は大変で、地元の会社がボランティアで手伝っているそうだ。田の面積は92haあり、重要文化的景観地区に指定されている。

田へ水を引く方法は、40mの高低さを利用した自然取水になっている。ポンプによる水揚げは一切使われていない。水路の高低差と曲線を使って側溝に水を流し、あぜ道の下から左右の田んぼに水を送っている。全部で14か所ある。

伝ミタケ堂跡

伝ミタケ堂跡は、山岳信仰の聖地だった場所だった。鎌倉時代の絵図に描かれていて、当時の村の北限だった。

居久根(いぐね)

居倶根は、屋敷の周囲を囲むように植えられた樹木のことで、防風や西日を防ぐ目的で植えられている。杉の木が多いが、最近は花粉がひどいそうだ。

ばっかり橋

ばっかり橋と名付けられている橋がある。昔 水車小屋があり、「ばっかり、ばっかり」という音がしていたところから名付けられたそうだ。

昔ながらの田んぼ

中世時代のままの小さい区画になった田んぼがある。ここは荘園オーナー制度があり、オーナーと一緒に田植え・稲刈りなどのイベントがおこなわれる場所になる。

栗駒山

訪れたのは4月中旬の晴れた日で、雪のかぶった栗駒山がきれいに望むことができた。雪の量が減って、雪の形がキツネが横たわったようになってくると田植えの時期を迎えるそうだ。

慈恵塚

慈恵塚は、標高236mほどの逆柴山(さかしばやま)の尾根付近にある。(骨寺村荘園は標高約160m)私有地になるのでガイドさんとともにしか行くことができない。

慈恵塚には、骨寺村の名前の由来の一つになったドクロ伝説がある。娘さんがお経を習いたいと思ったが、昔は習うことができなかった。そんな思いをしていた時に、屋根裏からお経を唱えて教えてくれた人がいた。どんな人が唱えていたのか屋根裏をのぞいたら、舌を出した首だけがあった。(ドクロ)そのドクロが娘に逆柴山に持っていけと言われ、持って行ったという伝説だ。

いわいの里ガイドの会

私たちは、岩手県の南の玄関口である一関地方の史跡や名勝を、皆様のご希望に合わせてご案内するほか、地元に伝わる民話や伝説を地元言葉で伝える語り部や、岩手宮城内陸地震の経験を語り伝える活動をしています。

団体窓口
いわいの里ガイドの会
所在地
〒021-0881 岩手県一関市大町4-29 なのはなプラザ4F
電話番号
0191-48-5888

ツアープラン情報

ツアー名
骨寺村荘園コース
料金
1グループ(1〜20名程度)
2時間を1単位で3,000円
以降1時間毎に1,000円加算
開催日時
年中無休(8時~18時)
ツアー時間
約120分
予約受付
3 日前まで
お問い合わせ
いわいの里ガイドの会
TEL
0191-48-5888
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